建築大工訓練校とは?

製図室■入校資格
 ・高等学校卒業程度の学力を有すると認められる者
 ・本協会加盟建築事業所へ雇用されている場合給料を得ながら学べます
  (協会に加盟していない事業所は、加盟していただく必要があります。)

■学習課目
 ・建築施工系 木造建築科(2年過程)
学科 系基礎学科 専攻学科
実技 系基礎実技 専攻実技
コンピュータ室
■集合訓練
 ・毎週水曜日だけ訓練校へ出て訓練を受ける(年間/約50日)

■分散訓練
 ・雇用事業所において、毎週1日指導資格のある者に実技訓練を受ける。(年間/約40日以上)

■指導
 ・誇れる18名の指導員・講師の先生が親切に教えます。

■修了証書
 ・規定により、岐阜県知事より訓練を終了した証が交付されます。

■技能照査合格証書
 ・規定により、岐阜県知事より技能照査合格証書と技能士補の称号が与えられます。

■資格取得に有利
 ・技能士の資格取得に有利  ・2級建築士の受験に有利  ・職業訓練指導員の資格取得に有利
 ・作業主任者免許の取得に有利

■建築CADの短期訓練
 ・パソコンソフトによる「住宅建築設計」の技術が習得できます。

■技能検定事前講習
 ・1・2級技能士(建築大工)の検定の講習会を実施しています。(5日間)
 (本校生徒以外の方でも受講可能) 
学科訓練風景技能照査の課題に取り組む訓練生
     
     
     
卒業生の言葉

19期生

二年間を振り返って
(株)カネダイ 渡邉勧太

 二年間を振り返ってみると、とても早く大変だったと思います。高校を卒業して株式会社カネダイに入社させて頂き、濃飛建設職業能力開発校にも入学させて貰いました。
 会社には、とても温かく迎えてもらい、学校にも入学させて頂きとても感謝しています。有り難うございました。 
学校では、僕と新和建設の四人で全員で五人でした。人間関係がうまくいくのかなと心配しましたが、高校からの友達だった各務晴君がいたことで 他の三人とも仲良く話せたり、みんなで楽しく学校生活が送れました。学校でだけでなく、学校の前日の仕事が終わってから、みんなでご飯を食べに行ったりもしました。とてもいい思い出になりました。
学校で一年生の時から実習で継ぎ手作りを勉強しました。今は、手で刻む事はなかなか有りませんが、建前のときによく使われる「かま継ぎ」や「あり継ぎ」も習いました。普段はプレカットで加工されたものが来て組んで行くのですが、ひとつひとつの継ぎ手を手で作ると難しくて勉強になるなあと感じられました。
一年生終了検定の時と二年生の卒業検定で作った椅子は、一年生の時はホゾがきつくかけてしまったところなどがありましたが、二年生時は、かけたりするところがなく、カンナでもきれいに削れました。安江侃男先生が「かんちゃんは一年の時と比べると、すごく成長したぞ。一年生の時は大丈夫かな?と思っていたけど、ここまで出来るのはすごいよ。」と言われた時、とてもうれしい気持ちになりました。
 二年間で沢山の事を勉強しました。自分が成長出来たのは、この学校に入学させてくれた会社をはじめ、学校の先生方のおかげです。とても感謝しています。この学校で勉強したことを生かし、早く一人前になれるよう修行します。
 二年間有り難うございました。これからもこの四人の成長を温かくお見守りください。



二年間を終えて
(株)新和建設 後藤 浩斗

 まず、この大工学校に行かせて下さった藤井社長、会社の皆様、二年間本当に有りがとうございます。そしてこの二年間この学校で技術など多くの事を指導して下さった先生方、本当に有り難うございました。
 僕は、この訓練校で多くの事を学び、そして多くの思い出が出来たと思います。その中でも、一年生の時に自分達で墨をして加工して作った倉庫作りは、良い勉強になったと思います。先生方に教えてもらいながら少しずつ、墨をして加工もみんなで分担して協力しながら作業をしていきました。 加工をしてよく確認などしていたのですが、建前をすると座堀りのほり忘れの ミスがありました。
 これからの仕事でも細かいミスなどはあると思います。その細かなミスを少しでもなくし、一度ミスしたことは繰り返さないようするなど常に意識して、作業後の確認も欠かさず行うようにしています。この倉庫作りでは手加工の大変さ、確認の大切さをよく実感出来た授業でした。
 僕は、この訓練校に入学してからこれまでで多くの技術を学び、そして少しずつ成長出来たと感じています。入学した頃は、墨の付け方も全く分かっておらず、どんな物を作るにもみんなより、だいぶ時間がかかってしまっていました。しかし、この二年間で少しずつ理解できるようになってきて、墨のつけるスピードも少しずつ速くなって行き、加工も少しずつきれいな作業が出来るようになりました。
れを感じるのは、少し前に行った,卒業検定です。昨年作った二方転びは、ホゾが小さかったり,穴の方が大きかったり、少し割れていたりなど、見た目もあまりよくない状態でした。しかし 今年は割れもなく 抜きなどもしっかりと くっつき良い状態で完成することが出来ました。僕の中では本当に成長を感じることが出来た場でした。
 二年間で多くの事を学び、身につけて来ました。この学校で学んだことは、これからの仕事などにも多く役立つと思います。学んだことをしっかりと生かして行き、将来会社やお客さんなど多くの人に信頼される棟梁を目指し、日々努力していきます。
 この二年間 本当に有り難うございました。



二年間を振り返り
         (株)新和建設 各務 晴

高校を卒業して、社会人として働き出してすぐこの学校に来ました。
 最初はなぜまた勉強をしなければならないのか、遠い所まで毎週毎週来るのは嫌だなあと思っていました。ですが、いざ働き出すと当然分らない事だらけで、毎日が精神的にも、肉体的にも辛いものでした。 そんな中、一週間の真ん中に学校があった事は、とても救いになりました。 同期の人と仕事の話をしたり、くだらない話で盛り上がったりとても楽しかったです。 
 授業では、現役の職人さんや、何十年も大工をやってみえた人たちばかりで、私達のことを理解して下さり、色々な事を教えて頂き、学ばせて頂きました。特に印象に残っているのは倉庫作りで、一年生の頃 安江侃男先生のご指導の元、どこの材料かも解らず、刻んでいた覚えがあります。ですが時間が経つにつれて、うまく刻める様になったり、早く墨を付けれる様になり、とても楽しかったです。倉庫の建前では、先輩方の協力を得て、小さな倉庫でしたが完成時とても達成感を感じました。
新しく楽しい環境と、有意義な一年間はあっという間でした。
二年目になり、仕事にも学校のも慣れ、毎週学校が楽しかったです。
 仕事で建前を数多くこなしたおかげで、後輩の建前では、去年と違い規模の大きな事務所でしたが簡単に感じました。 こういった経験を感じる事が、二年目ではいくつもありました。成長を実感する事が出来ました。
 二年間この学校に通わせて頂き、ご支援して下さった会社の方々、ご指導して下さった先生方、本当に有り難うございました。



     二年を振り返って
        (株)新和建設 奥村 謙介
 
 まず始めに、この訓練校に行くという機会を与えて頂いた藤井社長、親方、並びに教えて頂いた先生方に感謝申しあげます。
 私は、他の皆と違い専門学校を経て大工の道に進みました。   
 初めは遅れを取っていると思い、他の人より頑張らなければと思っていましたが、私の思っているほど大工仕事というものは簡単にできる物ではなく、身につけるにはとても長い時間がかかると思いました。そんな中で、この訓練校に通うことは良いプロセスだと思いました。初めのうちは、継ぎ手作りなど、簡単な事からやらせてもらいました。専門学校からやっている事なので自分の中で出来ていると思っていました。しかし、先生方に見てもらうと「ここはこうした方が良い」など、まだまだ未熟な部分があり、決して表には出ない部分ですが細かな所まで気を使わなければならない大工仕事に奥深さを感じました。 訓練校では毎年、生徒だけで倉庫を作るという授業が有ります。今では全くやらなくなった手刻みで、土台から柱から全て刻ませてもらい、私の中ではとても勉強になる事でした。一年時に刻ませてもらい、訳も分からずの状態でしたが、今振り返って見るとようやく理解出来ています。
 倉庫作りでは、普段会社の仕事で、造作、土台伏せ、建前をやっていますが、見て覚える仕事の中で学校では教えてもらいながら進んで行くので、見て覚える事も大切ですが、教えてもらう事で新たな発見もありました。
 一年時、二年時の倉庫作りを通して、会社の仕事や学校での実習が少しずつですが身につき始めたのか、二年時の倉庫作りでは率先して動ける様に成りやり甲斐を感じました。
 これからの人生、大工仕事をやっていく中で学校に行かせてもらった経験を生かし他人からの評価で満足せず、自分が納得出来るような職人になっていきたいと思います。

16期生

二年間を振り返って
新和建設梶@ 安江 祐哉

私がこの学校に入るきっかけになったのは新和建設に入ったことです。私の父も新和建設にいてその影響でこの会社に入社しました。始めは濃飛建設職業能力開発校のことは知らなくて父から学校へ行くということしか聞いていなかったので、正直あまり行きたくありませんでした.しかし、いざ入校してみると同世代の人たちがたくさん居て少し安心しました。
 私が、この学校へ来て主に二つのことを得ることが出来ました。一つ目は,仲間の大切さです。私には本社にはいますが支店には同期という存在はいません。なので普段から気軽に話せる相手がいませんでした。学校には私と同級生が三人、あと二人もとても話しやすく仕事の悩み、仕事での判らないことなど気軽に話すことが出来ました。他、プライベートでも遊ぶようになり仲間の大切さを知りました。二つ目は,技術力です。この学校では、手刻みの倉庫、継手、階段など普段の仕事ではなかなか出来ないことをたくさん教えてもらいました。特にその中でも一番難しかったのは手刻みの倉庫でした。今の家造りでは殆どがプレカットで私は手刻みをしたことが無く最初は何も判りませんでした。普段はプレカットでほぞなどはすんなり入りますが、手刻みではそうはいかずこんなに大変なことだとは知らなかったので、昔の人の大変さを知りました。この学校で得た二つのことをこれからの大工生活に生かして行きたいです。
 最後に、私一人が学校へ行くために、大金を払って頂いた社長、副社長、新和建設の皆さんには本当に感謝しています。ありがとうございました。そしてこの学校の先生方、どうしようもない私達ですがいつも笑顔で優しくいろいろなことを教えて頂きありがとうございました。これからの大工生活では、この学校で学んだことを最大限に発揮して、社長、副社長に学校へ行かせて良かった、また学校の先生方にはこの子達に技術を教えて良かったと思ってもらえるように日々努力して行きたいです。ありがとうございました。


   二年間を通して学んだこと
株式会社三和木  丹羽 達朗

僕は、物心のついた頃から大工という手に職を付ける仕事に憧れがありました。
高校を卒業して株式会社三和木に勤めさせて頂くことになり、大工学校へ通わせて頂いたことに感謝しています。初めはこの学校で友達や先生方とうまくやっていけるのかと心配や不安がありましたが、皆騒がしくとても楽しい学校生活になりました。先生達も時には厳しく時には自分たちの馬鹿話にも乗ってくれてとても楽しかったです。大工学校を通して沢山のことを学びました。仕事で親方に言われたことがあまり理解出来ない時には先生や友達に相談して理解することが出来たり、継手の練習では、かなわ継ぎが全然うまくいかなかったけど墨を0.1oもずれずに書いて刻みも丁寧にやったら隙間があまり無く綺麗に出来たときはとてもうれしかったです。
 社会見学では、製材所やプレカット工場を見に行き、材料はいろんな種類があったし、それをプレカットへ持って行き、こんな風に機械で材料を加工しているんだなと思い、あの機械を作った人はすごいなあって思いました。
 名古屋城本丸御殿では、宮大工の凄さをしみじみと感じさせられました。まずどこを見ても隙間一つないし、この継手はどのようにして造ったものか判らないもの多くありました。宮大工の道具が展示してあったんですがどれを見ても自分の鑿や鉋とは比べ物にならない程きれいに手入れがしてあったし、研ぎ方もすごかったので、自分もあれくらい道具を大切にしないといけないなと思いました。自分も宮大工に負けないくらい丁寧で綺麗な仕事が出来る大工になりたいし、この学校で学んだことを生かしてこれからも大工という仕事を頑張って行きたいです。二年間ありがとうございました。


二年間を振り返って
株式会社カネダイ  山口 陽祐

自分は高等学校を辞めてから大工である父について歩くようになり、父がカネダイの仕事を引き受けているのもあって、社長のご厚意によりこの学校に通わせて頂くことになりました。入校する前は同期の人たちと仲良く出来るか、授業について行けるのか、とても不安でしたが、同期の五人全員とは一月もたたないうちに仲良くなり、授業の面でも先生方が優しく丁寧に教えてくださり、毎時間がとてもためになることばかりでした。仕事中もたびたびここは授業で習った覚えがある、と応用に生かすことが出来ました。実習では、大工にとって必需品である鑿や鉋の取り扱い方、刃の研ぎ方に始まり、昔ながらの継手の刻みや和室の格天井、長押しの組み方、回り階段など最近の若い大工がなかなか教わる機会もないような技術を教えてもらえとてもためになりました。すべて今後につながると思っています。
入校してから一年経過して二年生になり、後輩も出来て、上級生としての自覚が出来ました。二回目の倉庫を建てる実習では、一年前の経験を生かして後輩にアドバイスすることも出来ました。無事に倉庫も完成し良い体験が出来たと思っています。
秋の修学旅行では、名古屋城本丸御殿、伊勢神宮、遷宮館を見学しました。大きな建物の造りに驚き、部分の仕口や仕上がりなど生徒同士や先生達と話し合うことが出来ました。旅行中も楽しく記憶に残る修学旅行となりました。
 この二年間を通して一緒に成長した仲間達や忙しい中授業を教えに来てくださった先生方や毎週叱りながらも可愛がってくださった校長や事務長、そしてこの学校に通わせてくれた社長、すべての人に感謝の気持ちでいっぱいです。学校は卒業しても大工としてはまだまだ未熟なので、これからも精一杯修業して早く一人前の立派な大工さんになりたいと心から思っています。


グロウアップ
マル共ホームズ株式会社  市P 舜平

ある人が私に言いました.建築とはその国の色を表す。即ち家造りとは、途轍もなく大きな規模でその国をデザインしているのだと。
この言葉に感銘を受けた私は、パラシュートと命綱なしで建築界へバンジージャンプすることを決めました。降り立ったその場所は、マル共ホームズ、私はここで自らの手で家を造る「大工」になることを堅く心に誓いました。この会社のご厚意で濃飛建設職業能力開発校へ行かせて頂くことになりました。最初の実習の授業で小屋造りをしたのですが、私は絶望しました。先生方に根気よく教えてもらいながら造っていったにも関わらず、その内容の殆どが理解できなかったのです。さらに鑿と鉋の研ぎ方の難しさ、手刻みの難しさ、墨付けももちろんですが、建築用語の多さ、何と言っても長野県と岐阜県の方言の壁、どれをとっても覚えることだらけでどれをとっても私がまともに出来ることはなく、小さな小屋を一棟建てるだけと考えていた自分が恥ずかしくなり、小屋を一棟建てる難しさに圧倒され自分の無知さ、愚かさを痛感しました。しかしパラシュートも命綱も長野県においてきてしまった私は、誰かに引き上げてもらうことは出来ません。後戻りは出来ないのです。そこで私は、大工のへの道を登っていくのではなく大工の道への崖を落ちていっているのだと考え、もう一度自分を奪いたたせ努力していこうと決意しました。
全てから学ぶ姿勢で、判らなければ聴く、怒鳴られても聴く、突き詰めて聴く、教えて頂けなければ見て盗むを徹底して仕事と学校に取り組みました。
すると最初は先生に手取り足取り教えてもらいながらしか出来なかった継手や椅子造りが、図面を見れば殆ど一人で出来るようになっていきました。自分の成長を実感しそれが自信になり学ぶことの楽しさを知りました。小さな小屋を一棟建てるだけ、と思っていた私は、その小さな小屋一棟にたくさんの知恵や技術が詰まっていて大小様々な木の一本一本全てに意味があること。常に仕上がりとそこを使うお客様がいることをイメージすること、また強い意志と責任感と深い愛情を持って家造りに望むという心をこの学校で学びました。そして親身になって根気よく教えてくださった先生方、良きライバルでもあり良き友人でもある明るく楽しい同期の仲間達、この学校に関わる全ての皆様、何よりこの素晴らしい訓練校に通わせてくださった社長、会社の方々に心から感謝しています。私は卒業してからもこの学校で培った知恵と技術の向上のため尽力し、常に高揚を目指して大工への崖を転げ落ちる覚悟です。
 一軒の家は、柱が梁を支え筋交いが柱を支え母屋が垂木を垂木が屋根を基礎が全体を支え、いろんな材料が協力し合って一軒の家になっています。私もたくさんの方々の協力があって今があり、これからがあります。
この学校での経験、出会った先生方が私の土台となり、ともに勉学に励んだ仲間達が私の柱となり、ともに仕事させて頂いている会社の皆様が私の梁、そして棟となり、私に関係する全ての方々とこれから出会う全ての方々と経験が私という一棟の家を育むのです。この家の造作は私が死ぬその時まで終わることはないでしょう。


二年間有り難うございました
株式会社丸長ホーム   小邑 太志

毎週水曜日この学校に来るのがとても楽しみでした。仕事中になかなか学ぶことの出来ない道具の手入れの仕方、規矩術、継手仕口などを詳しく学び、時には仲間と技術を競い合いながら自分のスキルを向上させることが出来ました。
 数々学んできた中で一番印象に残っているのが小屋作りです。木出し、墨付け、刻み、建て方と自分たちで行い、家造りの一連の流れを勉強しました。唯一一、二年生が協力した授業で、建て方、造作の時は二年生が中心となり一年生に教えながら和気藹々と作業できました。実際に現場で作業するのと変わらないのでとても為になりました。
 修学旅行では、式年遷宮を終えた伊勢神宮へ参拝に行き、新しくなった社殿や遷宮館を見学しました。社殿を見てその造り、宮大工の技術には圧倒されました。自分もこんな凄腕の大工になりたいと思いました。
 こうして二年間楽しく過ごせたのは、ユニークな仲間、優しい先生方がいたからだと思います。休み時間には仲間と仕事の話をしたり,サッカーをして絆を深め、判らないことがあれば先生に聞きに行ったこともありました。そして、僕たち二年間は一人も欠けることなく卒業できるので、とても嬉しく思います。
 最後に濃飛建設職業能力開発校に送り出してくださった社長、弊社の方々、指導してくださった先生方、職業法人の方々にはとても感謝しています。有り難うございました。
また、水曜日この学校で皆で学ぶことが出来なくなるのは寂しいですが、これからはこの学校で学んだことを生かし、一人の大工として弊社に恩を返す気持ちで艶iしていきたいと思います。本当に有り難うございました。


二年間を振り返って
株式会社丸七ホーム  細江 誠

僕が大工を目指そうと思ったのは、普通の人よりとても遅い年齢でした。実家は代々大工をやっていて、昔から自分も大工にならなければいけないのか?という人生を決められたような感じを避けていました。しかし、僕は昔から物を作ったりする事が好きだったので二年前自分の父親が働いている株式会社丸七ホームでアルバイトという形で体験させて頂きました。すると、みんなとても生き生きと働いていて、現場も綺麗でびっくりしました。僕もこんな場所で働きたいと思い大工になることを決意し、入社させてもらえることになりました。そして、これから建築をやっていく上で学校へ行ったらどうだという社長の計らいで、行くことになりました。この年で学校へ通うことに恥ずかしさもあり、あまり気が進みませんでした。しかし、いざ入校してみると、先生方が温かく迎えてくれ、同級生も一回りくらい違いますが分け隔てなく接してくれる子ばかりで、すぐに溶け込むことが出来ました。二年間誰も欠けることなく卒業でき、とても嬉しく思います。そして、学校の授業では伝統的な技法、匠の技を教えて頂きました。現場ではなかなか親方には聞いたりすることが出来ないので、学校で色々と吸収しようと頑張ってきました。先生方は、とても優しく丁寧に教えてくださいました。
 この二年間で培った事をこれからの仕事に生かし、誰もが満足するような家を建てられる大工になっていきたいと思います。
 最後になりましたが、学校に通わせて頂きました事業主さん、入学から卒業まで一緒に頑張ってきた同級生、そして、たくさんのことを教えてくださいました校長初め先生方、今日までお導き頂き有り難うございました。  

15期生

二年間を振り返って
   株式会社親和建設 横家龍之介
私はこの学校に入って楽しい思い出と共に知識や技術でたくさんの事を学びました。
最初は他の子と年が離れていると思って不安でしたがたまたま同年の子がいてうまく打ち解ける事が出来て、親方や先輩に聞けなかった事を学校の仲間や先生方に聞いてわかる事がたくさんありました。
 その中でも他の会社がどういう工法で家を建てているか比べたときに、やっぱりそれぞれ工夫を重ねたいろいろなやり方があり、勉強になりました。
社会見学では、東白川にあるプレカット工場へ初めて行き、その光景に驚きました。
想像とは違い、手で刻む事もあるんだなと思いました。プレカットの技術はとても正確ですごいと思いますが、やっぱり手刻みが減っていくのは寂しいなと思いました。
 修学旅行にいった際には技能五輪が行われているところを見学しました。みんな黙々と課題に取り組んでいるところ見て仕事が早くてキレイで凄いの一言でした。
 2年間この大工学校に通わせてくださった会社と負担をしてくださった県や町の皆様ありがとうございました。また、指導員や先生方、手取り足取り優しく指導してくださり本当にありがとうございました。 
 今後は、会社とその学校で得た諦めない気持ちを忘れないよう頑張ります。


   二年間を振り返って
      丸長ホーム株式会社 佐伯将
会社に入っての二年間、自分はこの学校で多くの事を学ぶ事が出来ました。
 祖父と父が大工で、その影響で子供の頃から大工になるんだと思い、入った建築の世界は自分が思っていた以上に厳しいものでした。
 現場が日に日に進む中、仕事の内容を理解できずただやっているだけになってしまいました。でも、毎週水曜日に学校に行って指導員の先生方に質問して教えていただく事で、次に現場へ行った時、判らなかった事が段々判るようになりました。
 年の近い仲間に仕事の事で外の会社はどんな仕事をしているなど、いろんな事の意見交流をしたりして、とても楽しい学校生活を送る事が出来ました。
 指導員の先生方は実際に建設業に関わっている方々なので、現場に出て見て判ってくる疑問にも答えてもらいましたし、今ではあまりやらない継ぎ手や仕口を知る事が出来ました。
 まだまだ、聞きたい事、質問したい事はたくさんありますが、この二年間学校で学んだ事は、これからも大工を続けていく自分にとって、とても大きな財産になりました。校長先生や指導員の先生方、この学校に通うきっかけを与えてくださった会社や社長さんには、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
 この学校での経験を生かして、これからも、誰からも認められる大工になれるよう一生懸命、精一杯努力をしていきたいです。
 本当にありがとうございました。


二年間を振り返って
   マル共ホームズ株式会社 島崎涼介
私は、この学校で過ごした二年間を、とても充実した良いものであったと感じています。
建築に関する知識を全く持っていなかった私は、入校時不安でいっぱいでした。しかし、そんな不安は、学校へ来る度に無くなってきました。些細な質問にも優しく丁寧に答えてくれる先生方、そして、どんな事でも相談し会える仲間たちと過ごせるこの学校は、とても恵まれており、通う事が楽しみになっていました。
 学科では、現場にいるだけでは得られないような知識を得る事が出来、実技では大工として必要な技術と知恵を向上させる事が出来ました。
 また、社会見学では、木材関連施設へ行き、材料が出来るまでの過程を知る事で、多くの人の力によって家は作られる事を学べました。
 長野へ修学旅行に行った際は、城や寺社等の古い建築物を見る事で、昔の人達の偉大さや建築の素晴らしさを感じる事が出来ました。
また、松本技能五輪も見学しました。自分たちと変わらない年の人が高度な技術を競っているのを見る事で、自分も努力しなければという良い刺激になりました。
 このように、この学校で二年間を過ごした事で、私は様々な面で成長できました。
 こんな素晴らしい学校に入校させてくださった会社や、様々な負担をしてくださった県や市町村、そして、この二年間面倒を見てくださった指導員、先生達には、感謝の気持ちでいっぱいです。
 私は、この学校で培ったものを、これからも生かし、さらに成長をし、立派な大工になりたいと思います。

平成19年技能オリンピック全国大会出場 8期生:佐藤 晋作 / (株)三和木
平成19年技能オリンピック全国大会 課題作品 大工学校を卒業して良かったこと、それは仕事と平行して学校に行くことで、仕事の疑問を学校の先生に聞くことができたので、一人では解らないことでも理解できたことや、仕事中では早く終わっていってしまう作業も、学校では丁寧に教えてもらえました。
 そして、何より一番良かったのは仲間ができたことです。普通ならなかなか知り合えない他の会社の人と知り合うことで色々な話を聞くこと、そして話すことができました。また、年齢の差も様々でしたが、全く関係なく友達のように喋り、馬鹿なことも言い合える仲間となり、今でも月に一度ぐらい集まっているほどです。
 僕はそんな仲間ができただけでも、この学校に来て卒業できたことは、すごく良かったと思っています。

 
 
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